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アメリカの高校の同級生に再会♪ [留学]

CIMG4844.jpg
私は高校3年間アメリカのバージニア州にある

小さな小さな田舎町にあるSTUART HALLという学校に留学していました。

その時に勉強で大変お世話になった とっても勉強のできた(特に理数系)

インド系アメリカ人のPreanaが日本に遊びに来ました。

誰もが学者が医者になると信じていたのに(本人もですって!笑)

現在はNYのARTミュージアムで働いているとのこと。


さて、彼女はベジタリアンと言う事で、目黒にある美味しいお蕎麦屋さんでランチ♪

川せみ

昔話に花を咲かせ、とても楽しい時間を過ごしました。




本当に田舎町で何もない所で、当時は文句ばかり言ってたけど

振り返ると良い思い出がたくさん詰まった場所。

同じ学校に通っていた日本人の友達Yとは、数年後子連れでバージニアに

遊びに行こうと約束をしています。今からわくわくします。



彼女と別れ、駅に向かう道

知っている顔の女性とすれ違いました、。

誰だろう?

と必死に思い出すと!なんとそのバージニアで一緒だった学年が一つ下の

YUKIEさん!

卒業以来会っていないので、

頭で情報を整理するのに時間がかかってしまい、名前を呼ぼうと思ったら

その時には大分遠くにあるいていってしまい、

尚且つ身重で走れないものですから

残念ながら声をかけられませんでした。

この大きな都会で アメリカの学校が一緒だった人たちを一日で2回会う事が出来るなんて

素晴らしい☆

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ホームレス高校生 [留学]

CIMG4119.jpg
ホームレス高校生(テンポラリー)だった私を
救ってくれた方々です!

意味がわからないと思うので説明します!
わたしは高校をアメリカバージニア州の
小さな小さな女子校へ留学しました。

普段は寮生活なのですが
大きな連休が来るたび、学生は寮を出なくてはなりません。
そんな時留学生はとても困ります。

学校では、そんな外国人たちがホームレスにならないように
小旅行を企画してくれました。
ワシントンDCやボルチモア、ノースカロライナなど色々な場所に行ったなぁ。

3年目になり段々その企画も「もう行ったことがあるところばかりだし」
「お金もそこそこかかるし。」と何かほかの手を考えていたところ
同じ学校に通っていた日本人の知り合いがニューヨークにいるということで
数人で訪ね、それがきっかけとなり、その人たちと仲良くなり
図々しく、休みの度ホームレスになる所を救っていただきました。
年齢は一回り位上の人達で駐在員や現地で仕事をしていた日本人たちです。

本当にいい人たちで、突然やってきた高校生の寝床とご飯を用意してくれて
しかも私なんて突然現れた、完全に他人ですからね。。。
心が広い!の一言です。

そんなお世話になった人たちと
16年ぶりの再会をしました。
みんな忙しくて音信不通になっていたのですが
外国のソーシャルネットワーキングで発見され再会が実現したのです!

久しぶりに話をすると一人が
「かおりちゃんが、○○の家の床(じかに)に寝てるのを見てびっくりした!」
そういえば一番最初に泊めてもらってた家は何人もいっしょに住んでた家で
私は「床でいいです!」って
本当にじかに寝てたのを思い出す。

たまたま遊びに来ていたHさん(男)が、そんな私の姿を見て
「女の子を床で寝かせちゃいけないと」
Hさんの彼女Tさんのおうちへ私をすぐその日に連れて行ってくれて
それ以来ベッドで寝ることができました♪
その後もTさんが引き取ってくれて、忙しいときは
Tさんのお友達の家など数々の家を渡らせていただきました。
明るいホームレスな話でした[わーい(嬉しい顔)]

昔から誰とでもすぐ打ち解けられるという性格で
色々な場面でしかも初対面くらいの段階で
沢山助けられてきました。
イタリアへひとり旅した時なんて、胃の疲れから
顔がげっそりしてしまっていたら、現地の日本人(女性)が
声をかけてくれて、おいしいもを作ってあげると
2,3日食事をごちそうになり、しかも一緒に近郊へ旅行まで連れてってもらいました。

いやぁ、思い出せば思い出すほど
色々助けられているな、、。
もちろん今も周りに助けられて毎日暮らしてます。
感謝の気持ちを忘れずに日々楽しく過ごしていきます!


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外国人恐怖症!? [留学]

16歳の時留学でアメリカに旅立った。

その時から24歳まで外国で暮らしたわけですが
今日午後の御休み時間

妙にリアルに

最初の数年は、外国人恐怖症だったなぁって
しみじみ思いだしちゃった。

今じゃ考えられないけど
アメリカにいた4年はアメリカ人のクラスメイトやルームメイトに
大げさな言い方だけど
どこかおびえて暮らしていたような気がする。

本心で物事言えなかったし・・・。

何でもYESって。
まさにNOと言えない日本人でした。

それが、スペインに行ってから
変ったんですよね。

スペイン人って髪が黒い人や背丈も低い人が割と居て
見た目に安心感を覚えたのでしょうか。
うーん、親近感~的な・・・。

アメリカン人はみんな、大きくて
白人も黒人も迫力があるし、髪の色もブロンドとかみると
わぁ!お人形さんみたいだ!って
どこか芸能人や俳優を見るような気分だったのでしょうね。

そう考えると
見た目に圧倒されていたというも大きいなぁ。

あと、国民性!?
スペイン人のノリはちょっと日本人に相通ずるところがありました!

スペインに住んでから段々と
北ヨーロッパ地方の背のすらっと高い、色が真っ白で ブロンドの人がクラスメイトでも
安心して接せられるようになり、
アメリカでは作ることのできなかったアメリカ人のお友達もできました。
外国人に対して気を張らなくなったのかもね。
うーん、懐かしいなぁ。
留学時代。

思い出すなーいろいろ。

なぜかやたらと仲良くしてくれたオランダ人の2m位あるEdwin。
2,3歳年上で、何をするにも私と一緒にしたがる不思議な男友達でした。
一緒にセビジャーナスのクラスも受けていたよなぁー。(フラメンコみたいなダンス)
学校の席や遠足や映画も必ず私と見に行きたがるの。
おかげで彼の彼女から嫉妬をされていました。ただの友達なのにー!

そしてよくドラえもんの歌を一緒に歌ったり
学校の帰りダンスをしながら帰ったイタリア人のFUNNYは何しているかなぁー。
イタリア語のドラえもんと日本語のドラえもんを同時に歌って楽しんでいました。
彼女は初の外国人の親友でした☆
会話してて、お互い国籍が違うことを忘れて
何度もお互いの母国語で会話しちゃうこともありました。
不思議と通じるもんなんですよね。「あーあー今言いたかったことすぐわかったー!」みたいな。

ああ、最初の数年は苦しいことも多かったけど
思い返せばみんないい思い出だなぁー。



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手紙 [留学]


アメリカでの高校大学生活で
朝一番の楽しみが郵便ポストを覗くことでした。

当時まだE-MAILが普及していなかったので
友達家族とのやり取りは、手紙が唯一の伝達手段。

毎朝「手紙届いていないかなぁ」ってわくわくどきどきしながら
郵便ポストへ走っていました。

先日、実家で当時いただいた手紙やカードの入ったボックスを見つけ
何年ぶりかに中身を出して読んでみました。

まず私のために選んでくれた色鮮やかなカードに感動し
中に書かれている友人家族の字の温かみに感動。

確かに今のご時世、メールやMSN、スカイプ
伝達手段がより便利になり私もフル活用していますが
手紙っていいですよね。

その人の書く字に感情がこもっているし
そして、何年もたってまた読み返すと
10年前の私に対し励ましてもらっているはずの手紙に
今また励ましてもらえる。

仕事に茶道にバリバリだったおじいちゃんおばあちゃんからの手紙。
読み返していたら涙が出てきてしまいました。

これらの手紙は私の一生大事な大事な宝物です。



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食は広州にあり(ライフン) [留学]


海外旅行や海外生活で一番気になるのが食事。

やはり美味しい食事だとハッピーにすごせますからね!

今回の旅 広州ではVERY VERY HAPPY!!!

出てくるもの全部美味しい☆

お醤油ベースで味付けは思っていたよりも薄口。

そして大好物の甘いものも日本人好みの主張しすぎない甘さ。

あーーー美味しかったなぁ~。

今回病みつきになったのは
ライフン(瀬粉)という粉を使ったウドンのような麺。

鶏がらベースと思われる薄味のスープに
炒めた生姜やパクチーそしておかずをトッピング。
何度もお替り!

そのライフンヌードルの食感は
沖縄のソーキそばをもう少し弾力性が加わり
でも密度が少ないというかなんと言うか。。。
ビーフンを太めにした感じかなぁ。。。

横浜中華街で中華料理店を営む叔父に
「これ日本で食べたい!お店に出して!」と頼んだところ
ライフンを輸入するのが大変だとか。。。

誰か輸入して!!!
絶対流行るから!!!

叔父は若いころ、香港に料理留学をしていたので
何でも美味しく料理が作れます。
でも、こればっかりは今まで試してきたが
この材料がないと出来ないんだそうです。

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日本出国の日 [留学]

生まれてはじめての
アメリカ本国だというのに。

私はぽっかーんと大口開けて
飛行機離陸前にすっかりグーグー眠りに落ちていました。

機内食のあのなんともいえない
ちょっと「うっ」と来る香に目が覚めたのでした・・・。

「あっ」

「日本を旅立っちゃってた・・・。」

お隣に座っていた
同じ留学生は
「爆睡でしたね」と苦笑い。

そう言うのも無理も無い・・・。
今でも変わらないと思いますが
私の寝顔は強烈です。

でもですねぇ。、。。
これが良かったのですよ☆

私の留学の始まりは
留学センターから約20人の日本人留学生と一緒に
ノースカロライナ州のデイビッドソンカレッジにて
1ヵ月半サマースクールで英語の猛勉強をしました。

その日初めて会った仲間たちに
「離陸前に寝る女」と覚えられたので
後から考えてみると、つかみはOKだったじゃなーい!
という結果に!

いやぁしかし、
我ながら肝が据わっているなと、当時実感しましたね。

お蔭様で!?ここで知り合った仲間とは
今でも仲良くしています。

いろいろな国で活躍しています♪

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留学(大学1年〜2年) [留学]

本日関東地方は雪が降りました。
横浜も少しだけつもり、道路には雪を溶かす
塩のようなものが蒔かれていました。
この正式名称は何だろう・
これはとても懐かしい
昨日のブログにも書いたように
私の学んだ大学はニューヨーク州にあるシラキュース大学には
この時期欠かせないアイテムだから。

ニューヨークにあるといってもマンハッタンからはかなり遠い(車で約3時間半)
どちらかというとナイアガラの滝やカナダ寄りに位置していました。
なのでとても寒い。
豪雪地帯。
この塩のような雪を溶かすものが至る所にまかれていました。
今頃きっとすごいでしょう・・。
大体10月に初雪、4月近くまで雪がある状態でした。

あまりの寒さに ジーンズなどパンツ類は重ね着で二枚。
セーターも3枚くらい着て、帽子、ダウンジャケット
ティンバーランドのブーツが必需品。

学校内の中庭ではダイアモンドダストも見ることができます。貴重です。
こんな気候の中 クラスに通うわけで
気が滅入ってしまいます。いや現に滅入っていたと思います。

やっぱり気候というのは人の性格作りに大きく影響すると思う
スペインは雨が少なく 太陽が出ていることの穂が多いので
やっぱり太陽のように明るい人が多かったですし・・・

今日のように雪が降ると
S・U・での生活を思い出すようにして
「なんのこれしき、寒くないじゃない!」
と自分に言い聞かせて外出します。

なんだか今日は天気だけの話でしたね

また今度大学生生活
そして一番いい思い出が残っている
高校留学生活についても語ろう


留学(大学1年〜2年) [留学]

本日関東地方は雪が降りました。
横浜も少しだけつもり、道路には雪を溶かす
塩のようなものが蒔かれていました。
この正式名称は何だろう・
これはとても懐かしい
昨日のブログにも書いたように
私の学んだ大学はニューヨーク州にあるシラキュース大学には
この時期欠かせないアイテムだから。

ニューヨークにあるといってもマンハッタンからはかなり遠い(車で約3時間半)
どちらかというとナイアガラの滝やカナダ寄りに位置していました。
なのでとても寒い。
豪雪地帯。
この塩のような雪を溶かすものが至る所にまかれていました。
今頃きっとすごいでしょう・・。
大体10月に初雪、4月近くまで雪がある状態でした。

あまりの寒さに ジーンズなどパンツ類は重ね着で二枚。
セーターも3枚くらい着て、帽子、ダウンジャケット
ティンバーランドのブーツが必需品。

学校内の中庭ではダイアモンドダストも見ることができます。貴重です。
こんな気候の中 クラスに通うわけで
気が滅入ってしまいます。いや現に滅入っていたと思います。

やっぱり気候というのは人の性格作りに大きく影響すると思う
スペインは雨が少なく 太陽が出ていることの穂が多いので
やっぱり太陽のように明るい人が多かったですし・・・

今日のように雪が降ると
S・U・での生活を思い出すようにして
「なんのこれしき、寒くないじゃない!」
と自分に言い聞かせて外出します。

なんだか今日は天気だけの話でしたね

また今度大学生生活
そして一番いい思い出が残っている
高校留学生活についても語ろう


留学(大学2年〜4年編) [留学]

89a63da0.jpg高校1年生より念願の留学を始め
大学卒業までアメリカの学校で学びました。

今日は大学の話

我が母校はアメリカ ニューヨーク州にある
SYRACUSE UNIVERSITY (略してS.U.)

4年間S.U.で学んだのですが
2年生まではニューヨーク本校
残り2年はスペイン・マドリッド校舎で過ごしました。

写真右がマドリッドで大変お世話になった
大学のDEAN、FLINT氏です (ピレネー山脈にて)
私のマドリッドの父といっても過言ではありません。
今でもDirectorをしています。

まずスペインに行く前の私の状態(SU本校にて)
日本人の多いアメリカ大陸で英語を学ぶには
私にはとても難しく、どうしても同じ国どうし固まってしまう。
これは日本だけじゃなく他の国の子もそうでした。
思うように外国人との交流がうまくいかず、日々悩んでいました。
自ら外国人と一緒にいるようにするという環境にと思ってはいるんだけど
なにせマンモス校、1万人も集っているのでクラス毎
クラスメートの顔ぶれも違う。広く浅くの交流に限られてしまってました。

このままだと、すべて中途半端になってしまう・・・

そんな悩みを一気に吹き飛ばしてくれたのが
スペイン留学@SYRACUSE UNIVERSITY 
我が母校のプログラムのひとつ、海外留学制度でアメリカからスペインへ留学しました。Study Abroad

マドリッド校は約50人。(私以外は全員アメリカ人)
アメリカ人にとってもスペインでは外国人なわけだから
私がアメリカに居たときの心境と一緒。
彼らもホームシックになったり、スペインの生活環境に合わせようとがんばったり。

アメリカ人に 「kaoritaはSUでホームシックにならなかった?」など
色々相談にも乗りました。

おかしなもので
アメリカにすんでいたころはアメリカ人の友達が居なかったのに
苦楽を共にし、スペインに来て初めてアメリカ人の友達が出来ました。
少人数制というところもkey pointでしたね。

そして彼らも、私がSU本校で抱えてた悩みを味わうことに・・・。
彼らいわく、スペイン人と仲良くなりたいんだけど
どうしてもアメリカ人同士で固まって行動してしまう。
同じだなぁ〜と実感しましたね・・・。

私の場合学校ではアメリカ人オンリー、
住んでいたのはスペイン人と一緒だったので
勉強するのは英語環境。
生活するのはスペイン語環境。
運良く!?
日本語の活用度0%

留学6年目にして、よーやくこれが留学!って実感したのを覚えています。
勉強が一番楽しかったのもこの2年間でした。
英語もスペイン語ももっともっと上達したい、身につけたいって思いましたからね。

スペインに留学することでスペイン語も英語も習得することが出来
諦めていたアメリカ人の友達も出来、
まさに一石二鳥の留学でした。


留学(大学2年〜4年編) [留学]

89a63da0.jpg高校1年生より念願の留学を始め
大学卒業までアメリカの学校で学びました。

今日は大学の話

我が母校はアメリカ ニューヨーク州にある
SYRACUSE UNIVERSITY (略してS.U.)

4年間S.U.で学んだのですが
2年生まではニューヨーク本校
残り2年はスペイン・マドリッド校舎で過ごしました。

写真右がマドリッドで大変お世話になった
大学のDEAN、FLINT氏です (ピレネー山脈にて)
私のマドリッドの父といっても過言ではありません。
今でもDirectorをしています。

まずスペインに行く前の私の状態(SU本校にて)
日本人の多いアメリカ大陸で英語を学ぶには
私にはとても難しく、どうしても同じ国どうし固まってしまう。
これは日本だけじゃなく他の国の子もそうでした。
思うように外国人との交流がうまくいかず、日々悩んでいました。
自ら外国人と一緒にいるようにするという環境にと思ってはいるんだけど
なにせマンモス校、1万人も集っているのでクラス毎
クラスメートの顔ぶれも違う。広く浅くの交流に限られてしまってました。

このままだと、すべて中途半端になってしまう・・・

そんな悩みを一気に吹き飛ばしてくれたのが
スペイン留学@SYRACUSE UNIVERSITY 
我が母校のプログラムのひとつ、海外留学制度でアメリカからスペインへ留学しました。Study Abroad

マドリッド校は約50人。(私以外は全員アメリカ人)
アメリカ人にとってもスペインでは外国人なわけだから
私がアメリカに居たときの心境と一緒。
彼らもホームシックになったり、スペインの生活環境に合わせようとがんばったり。

アメリカ人に 「kaoritaはSUでホームシックにならなかった?」など
色々相談にも乗りました。

おかしなもので
アメリカにすんでいたころはアメリカ人の友達が居なかったのに
苦楽を共にし、スペインに来て初めてアメリカ人の友達が出来ました。
少人数制というところもkey pointでしたね。

そして彼らも、私がSU本校で抱えてた悩みを味わうことに・・・。
彼らいわく、スペイン人と仲良くなりたいんだけど
どうしてもアメリカ人同士で固まって行動してしまう。
同じだなぁ〜と実感しましたね・・・。

私の場合学校ではアメリカ人オンリー、
住んでいたのはスペイン人と一緒だったので
勉強するのは英語環境。
生活するのはスペイン語環境。
運良く!?
日本語の活用度0%

留学6年目にして、よーやくこれが留学!って実感したのを覚えています。
勉強が一番楽しかったのもこの2年間でした。
英語もスペイン語ももっともっと上達したい、身につけたいって思いましたからね。

スペインに留学することでスペイン語も英語も習得することが出来
諦めていたアメリカ人の友達も出来、
まさに一石二鳥の留学でした。


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